エンジェル投資は投資先の経営支援や営業上のつながり等、様々なことを考慮して行われることも少なくありません。
しかし、エンジェル投資も投資の一つである以上、投資したお金と回収したお金の差額(これを投資リターン、あるいは単にリターンといいます)がどのくらいになるのかは重要です。
エンジェル投資に限らず、株式投資でどの程度のリターンを期待できるか、は難しい問題です。貸付や債券のように利回りが確定している金融商品とは異なり、投資先の概況、また市場の動向の影響を強く受けるためです。
上場企業の株式への投資であれば、公表されているIndex(TOPIXや日経平均など)などからどの程度のリターンを得られるかを分析することができます。個々の会社の株価も過去分まで含めて開示されているのため、こちらを分析することもできます。
一方でエンジェル投資の対象となる未公開株式については投資リターンを分析するための情報が非常に限られています。
エンジェル投資でリターンを得る方法
株式投資でリターンを得る方法
株式投資でリターンを得る方法は3つあります。
- 清算配当を受け取る
- 配当を受け取る
- 保有する株式を売却する
清算分配を受け取る
会社が存続することを断念した場合、会社は清算されます。
ベンチャー企業が事業をやめる理由はいくつかあります。
当然、事業が上手く行かず、これ以上やってもダメだと思ってやめるケースもあります。その場合であっても、資金が続かず事業を断念するケースもあれば、早い段階で見切りをつけることもあります。
会社の清算は会社の持っている資産を全て換金することから始まります。そして、そのお金で債権者への支払いを行います。
つまり従業員の給料を支払い、借りているお金があればそれを返済します。
それでもなおまだお金が残っていれば株主に分配されます。これを清算時に行われる分配であることから「清算分配」といいます。
しかし、エンジェル投資においては、ベンチャー企業を清算する際に、債権者へお金を支払ってまだ会社にお金が残っているのは非常にまれなケースです。清算分配で投資資金を回収できることはほとんど期待できないのです(少なくとも、当初投資額を超える回収を行える可能性はまずありません)。
M&Aにより、買収側の事業会社が株主から株式を買い取るのではなく、会社から事業を買い取る場合には、投資した以上のお金が分配されることがあります。
配当を受け取る
このように株主は会社から「清算分配」を受け取ることができます。
しかし、清算する前であっても、一定の財産を会社に残した上で会社の収益を株主に分配することができます。この分配を「配当」と呼びます(この前提あるいはその計算式を配当の財源規制といいます)
配当を受け取ることで投資資金の一部を回収することができます。配当の額によっては、投資資金を全額回収し、それ以上のリターンを得ることができることもあります。また、後から述べる他のリターンに配当額が足されることでリターンを上昇させることもできます。
しかし、エンジェル投資家が投資するようなベンチャー企業で配当がなされることはまずありません。
配当を行うためには、会社が収益を上げている必要があります。その収益の一部を投資家に渡すことが配当であるからです。この収益をあげているベンチャー企業はほとんどないのです。
加えて、ベンチャー企業は将来の成長のために、投資家から調達資金を利用することを目指しています。仮に少し収益が出たとしても、それを株主に配って終わりにするのではなく、その収益をさらに事業に用いることで、さらなる成長を目指しています。
保有している株式を売却する
投資したベンチャー企業が成長すると、その会社に投資をしたい投資家が増えます。また、そのベンチャー企業の事業を欲しがる事業会社も出てきます。
これらの新しくそのベンチャー企業への関係を作りたい人に対して、持っている株式を売却する機会が生まれます。売却することができれば、投資資金を回収でき、リターンを得ることができます。
保有する株式を売却する方法とは
エンジェル投資でリターンを出すためには、投資して得た株式を売却する必要があります。
ところが、株式を売却する相手を自分で見つけてくるのは相当困難です。また、売却価格が低く抑えられがちです。
そのため、株式の売却は大半が「IPOやM&Aといったイベントが発生したタイミング」で行われます。
IPOによる株式の売却
IPOは株式の上場のことを指します。
株式が上場すると、その上場した市場内で株式が自由に売買されることになります。エンジェル投資家もその保有している株式を売却できるようになります。
M&Aによる株式の売却
M&Aは、事業会社によるベンチャー企業の買収です。
M&Aにより事業会社がベンチャー企業の株式を買い取る場合もあれば、ベンチャー企業の事業を買い取り、ベンチャー企業がその受け取った対価を株主に分配して会社を清算することもあります。
買収の対価が取得会社の株式である場合もありますが、取得会社が上場企業であれば、その株式を市場で売却し、現金を回収することができます。
投資先の会社またはその経営者による株式の買取
エンジェル投資家の投資を売却によって回収する方法にはもう一つパターンがあります。それは投資先の会社、あるいは経営者などに株式を買い戻してもらうことです。
株式の買戻しは会社や経営者との合意に基づいて行われます。事前に合意しておく方法、つまり投資時の条件として、事業が上手く行かなかったときに株式の買戻しを約束しておく方法もあります。
投資先の会社またはその経営者による株式の買取には二つ問題があります。
一つは、合意に基づいて行われるものであるため、投資先の会社またはその経営者が嫌がれば(合意しなければ)、買取は行われないということです。
そしてもう一つ、会社もしくは経営者に買戻しの意思があったとしても、会社にもその経営者にも買取るだけのお金がないことが大半であり、お金がなければ買取ることができないことです。
エンジェル投資ではどのくらいのリターンを得られるのか
エンジェル投資のリターンを考える前提
投資のリターンは、目の前にいくつかの投資候補があった際、その中のどれに投資すればよいかを判断するための重要な手がかりです。
しかし、投資を検討する際、投資リターンだけで判断すべきではありません。
投資リターンと同時に、次の二つを検討する必要があります。
- 投資がどのくらいの確度で成功するか(成功確率)
- 投資が成功するのはいつか
投資のリターンには「実現損益」と「未実現損益」の二つがあります。
- 実現損益とは、投資した資金が回収されたときに認識されます。
- 未実現損益とは、投資した資金が回収されるよりも前に、投資の価値が変動した際に、その差分を損益として認識します。
仮にA社に100万円投資し、その投資の価値が200万円になれば、差額の100万円を未実現益と考えるものです。
ベンチャーキャピタル(VC)はしばしば未実現利益を計上しています。これは会計規則に定められた方法で計上するもので、ベンチャーキャピタル(VC)への投資家はその利益を取り込むことができます(取り込まない投資家もいます)。
しかし、エンジェル投資家の場合には未実現損益を、参考数値、以上の意味で考慮する必要がありません。
ベンチャーキャピタル(VC)の投資家である会社は、投資が上手く行っているのかどうかを自社の経営者、ひいては株主に説明する必要があります。しかし、エンジェル投資家は個人で自分のお金を運用しているため、その必要がありません。結果として、投資した金額と、配当、売却、清算等により受領した現金のみでリターンを考えればいいのです。
成功確率
エンジェル投資は非常にリスクの高い投資です。その意味するところは、成功した時に大きなリターンが得られる一方、失敗した時の損失もまた大きく、その可能性も高い、ということです。
一方で、エンジェル投資は成功することもあれば、失敗することもあります。
あるベンチャー企業の株式に、5年後に投資額の5倍が回収できると期待して投資したとします。期待通りに回収できればリターンは5倍(500%)になります。
しかし、何も返ってこないで終わる可能性もあります。そのため、この投資と、先ほどの社債を比較して、この投資の方がリターンが高いと判断すべきではありません。
どうやって比較すればいいのでしょうか。
リスクの高い投資は成功確率を加味して計算します(成功確率を加味して計算したリターンを期待リターンといいます)。
いつリターンを得られるのか
投資のリターンを考える際に、どれだけのリターンが得られるのかと同じかそれ以上に重要なことは、いつ、そのリターンを得られるか、です。
同じリターンが得られるのであれば早ければ早い方がよい投資になります。
上場企業の株式への投資は、いつでも好きな時にその株式を売却してリターンを確定させることができます。一方でベンチャー企業の株式への投資はその株式を売却することは困難で、M&Aが成立したり、IPOしたりするまで売却することができません。
分散投資
エンジェル投資家は、1社に投資して成功することを祈っていることもできます。しかし、複数のベンチャー企業に投資してその中のどれかが成功することを祈ることもできます。
投資したベンチャー企業が投資時の想定通りに成長し成功することは多くありません。しかし、分散投資を行うことで、想定していたそれぞれのリターンと期間の平均に近づいてきます。
エンジェル投資ではどのくらいのリターンを期待できるのか
個々の会社の期待リターンは、それぞれの会社によって異なります。
投資リターンが10倍になることを期待できる会社もあれば、2倍にしかならない会社もあります。
一方で分散投資を行った場合には、エンジェル投資でどのくらいのリターンが期待できるのか、をある程度、想定することができます。
その参考となるものが二つあります。一つは、ベンチャーキャピタル(VC)が投資家を集める際に提示している利回りです。そしてもう一つはベンチャーキャピタル(VC)の実際の運用実績です。
ベンチャーキャピタル(VC)が投資家に示す利回りは二つあります。一つはグロス利回り、もう一つはネット利回りです。
ベンチャーキャピタル(VC)は投資家からお金を預かって、そのお金でベンチャー企業への投資を行います。その際、ベンチャーキャピタル(VC)が受け取る手数料があります。
この手数料を考えない利回りがグロス利回りです。この手数料を含めて考えるのがネット利回りです。
ベンチャーキャピタル(VC)の想定リターンとは
ベンチャーキャピタル(VC)は個人から資金を集めることがほとんどありません。そのため、想定リターンが開示されることもほぼありません。
一般に開示されていないものの、ベンチャーキャピタル(VC)の目標リターンは一般に、期間10年のネット利回りで3倍程度になります。
100万円投資すると、10年後に300万円になって返ってくるということです。
ベンチャーキャピタル(VC)の実際のリターンとは
目標が分かったところで、これまでの実績としてはどの程度のリターンをベンチャーキャピタル(VC)はたたき出しているのでしょうか。
ベンチャーキャピタル(VC)の過去の利回りは調査会社が調べて公表しています。日本では日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)からの依頼を受け、Preqinという調査会社が調査を行い、結果を公表しています。
出典:JVCA
ビンテージとは、ベンチャーキャピタル(VC)が運用するファンドが設立された年です。ビンテージが2010年のファンドは2010年に設立され、一般的には5年間(2015年)までの期間にベンチャー企業に投資しています。
既に投資した株式を売却してリターンが確定しているものもあれば、未実現のもの(つまりこれから先にリターンが生じるもの)もあります。
実現したものと、未実現のものの評価額を足した(そこからファンドの運営費用を除いた)額が、投資した金額の何倍になって返ってきたのか、を示すのが表の右端のネットマルチプルです。2010年がビンテージのファンドでは2.66倍になります。
こちらの調査は各ベンチャーキャピタル(VC)にヒアリングして結果を取りまとめ、その中央値を示したものです。
ベンチャーキャピタル(VC)のリターンは、概ね目標とする3倍に近くなっています。
まとめ
エンジェル投資はリスクが高い投資です。どの会社に投資するかによってリターンは全く変わってきます。
エンジェル投資家は、必ず分散投資をしなければならないわけではありません。夢にかけて、大きなリターンを狙って個社に投資することも問う手法の一つです。