助成金の不正受給というと、意図的に嘘の書類を作る話に聞こえます。ところが厚生労働省の定義を読むと、申請書類の作成に関わった人の行為はすべて事業主の行為とみなされ、社会保険労務士に任せきりにしていた場合でも事業主の不正受給になります。返還だけでは済まず、2割の額と延滞金、5年間の受給停止、そして金額次第では事業主名の公表が続きます。どこで何が起きるのかを公表基準まで確認します。
返還は全額に加えて、不正受給日の翌日からの延滞金と、不正受給した額の2割に相当する額も納付します。さらに不正受給決定日から5年間、不正受給を行った以外の助成金を含めて雇用関係助成金を受給できません。
公表の分かれ目は100万円です。不正受給による支給取消額と、不正を理由として不支給決定を受けた支給申請額の合計が100万円以上なら公表対象になります。
社会保険労務士や代理人が関与した場合は、金額や返還の有無にかかわらず公表対象です。本人は事業主と連帯して返還する義務を負います。
不正受給の定義。故意の虚偽記載と偽りの証明が含まれる
厚生労働省は不正受給を「事業主等が偽りその他不正の行為により本来受けることのできない助成金の支給を受け、又は受けようとすること」と定義しています。共通要領では、この「偽りその他不正の行為」の中身がさらに具体的に書かれています。
詐欺、脅迫、贈賄等の刑法各条に触れる行為のほか、刑法上犯罪を構成するに至らない場合であっても、故意に支給申請書に虚偽の記載を行い、又は偽りの証明を行うことが該当するとされています。金額を実際より多く書く、実施していない取組をしたことにする、といった行為が当たります。
ただし救いもあります。共通要領には「支給申請書に事実に反する記載があった場合であっても、当該記載が故意によらないものと認められる場合は不正の行為には該当しない」と明記されています。単純な記載ミスがそのまま不正受給になるわけではありません。
責任の範囲は代表者だけではない
定義で注意すべきは、行為者の範囲です。「事業主等の代表者のほか、事業主等の役員、従業員、代理人その他当該事業主等の支給申請、申請書類の作成に関わった者が、偽りその他不正の行為をした場合には、当該事業主等が不正の行為をしたものとみなします」とされています。
リーフレット「『雇用関係助成金』を正しく申請していますか?」は、この点を図でも示しています。「代表者が行った場合だけでなく、役員、従業員、社会保険労務士、代理人等、支給申請・書類作成に関わった者が行った場合でも、事業主の不正受給に該当します!」という書き方です。
図1 リーフレットが挙げている「こんなことはありませんか?」
事実を十分に確認せず、適当に記載して申請した
確認しないまま出すことが不正の入口として挙げられています。
原本とは別の書類を作成し、添付書類として提出した
提出用に作り直した書類は、原本と内容が違えば問題になります。
申請内容が事実と異なっていたが、そのまま申請した
気づいていて出した場合は、故意と判断される余地があります。
支給申請は従業員や社会保険労務士に任せっきりにしている
任せていても、事業主の行為とみなされます。
リーフレットは事業主に対して「申請前に事実と異なる記載や添付書類がないか、確認してから提出してください」「社会保険労務士や代理人等に依頼する場合は、申請書類(添付書類を含む)の写しを必ず受け取り、内容の確認をしてください。また、その書類を保存してください」と求めています。

ペナルティは返還・2割・延滞金の3つが基本
厚生労働省が「雇用関係助成金の不正受給について」のページに掲げているペナルティを、事業主側と社会保険労務士・代理人側に分けて並べます。
| 対象 | 金銭の負担 | 受給・申請の制限 | 公表 |
|---|---|---|---|
| 事業主等 | 不正に受給した助成金の全額返還、不正受給日の翌日からの延滞金、不正受給した額の2割に相当する額の納付 | 不正受給決定日から5年間、雇用関係助成金(不正受給を行った以外の助成金を含む)は受給できない。全額返納されていない場合、この期間は延長される | 公表基準に該当する場合、「事業主名及び代表者名」などが公表される |
| 社会保険労務士・代理人 | 不正受給に関与した額(延滞金、2割に相当する額を含む)について、事業主と連帯して返還する義務を負う | 不正受給決定日から5年間、雇用関係助成金の申請は受理されない。全額返納されていない場合、この期間は延長される | 都道府県労働局及び独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構ホームページに「氏名及び事業所名」などが公表される |
5年間の受給停止が「不正受給を行った以外の助成金を含む」となっている点は、影響が大きいところです。キャリアアップ助成金で問題が起きれば、人材開発支援助成金も両立支援等助成金も、同じ期間は使えなくなります。
雇用調整助成金のページでは、返還請求の内訳がより具体的に書かれています。不正発生日を含む判定基礎期間以降の金額、不正受給額の2割相当額(違約金)、年3分の延滞金の合計額を返還請求するというものです。共通要領では、令和2年3月31日以前に不正受給申請が行われた場合の延滞金は年5分と定められています。
公表基準は3段。100万円が分かれ目になる
公表されるかどうかは、金額と関与者で決まります。雇用調整助成金のページに掲げられている公表基準は次の3つです。
| 区分 | 金額の条件 | 扱い |
|---|---|---|
| 1 | 不正受給による支給取消額及び不正を理由として不支給決定を受けた支給申請額の合計額が100万円以上 | 公表対象。ただし、労働局の調査前に不正受給について自主申告を行い、かつ、返還命令後1か月以内に全額納付した場合であって、不正の態様・手段、組織性等から判断して、管轄労働局が特に重大又は悪質ではないと認める場合は公表しないことができる |
| 2 | 同じ合計額が100万円未満 | 公表対象外。ただし、不正の態様・手段、組織性等から判断して、管轄労働局長が特に重大又は悪質であると認める場合は公表対象とする |
| 3 | 社会保険労務士や代理人が不正に関与した場合 | 金額、返還の有無にかかわらず公表対象 |
基準1の例外は、条件が3つ重なったときだけです。調査前の自主申告、返還命令後1か月以内の全額納付、そして特に重大又は悪質ではないと管轄労働局が認めること。どれか1つでも欠ければ公表対象のままです。
公表の場所は、管轄の都道府県労働局のホームページです。全国の労働局が公表ページを持っており、そこに事業主名等が掲載されます。
自主申告は「労働局が調査を行う前に」が条件
厚生労働省は、受給した助成金について自ら調査を行い、不正・不適正の場合は自主申告するよう呼びかけています。自主申告とは「労働局が調査を行う前に、不正・不適正な受給であったことの全ての事実を申告すること」と定義されています。
図2 自主申告の方法(厚生労働省の案内)
- 速やかに連絡する 不正・不適正にかかわらず、速やかに申請した都道府県労働局にその旨を連絡します。
- 資料を提出する 要件に合致しないことがわかる書類を労働局に提出します。
- 調査中でも申告できる 「全体は調査中だが、一部で不適正な部分が見つかり、まずは自主申告したい」という場合は、調査中であることも含めて申告してください、とされています。
厚生労働省は「自主申告を行い、迅速に全額返還していただければ、事業主名の公表を原則として行いません」としつつ、「特に重大又は悪質の場合は非公表とはなりません」と但し書きを付けています。また「自主申告ではない不正受給事案については、例外なく事業主名等を公表します(支給決定取消等を行った額が100万円未満を除く)」とも書かれています。
タイミングが決定的です。調査が始まってからの申告は自主申告に当たりません。社内で疑わしい点に気づいた時点が、選択できる最後の機会になります。

刑法第246条の詐欺罪に問われる可能性がある
行政上のペナルティだけではありません。雇用調整助成金のページには「不正受給の対応を厳格化しています」という見出しのもとに、「不正受給は『刑法第246条の詐欺罪』等に問われる可能性があります」と明記されています。
同じページに掲示されているリーフレットには、対応の厳格化として、事業所名等の積極的な公表、予告なしの現地調査(事業所内訪問・立入検査)、捜査機関との連携強化が挙げられています。都道府県労働局が不正受給対応について都道府県警察本部との連携を強化していること、悪質な場合は捜査機関に対し刑事告発を行うことが書かれています。
令和8年3月末の実績。取消4,640件、約1,153億円
雇用調整助成金のページには、不正受給実績も掲載されています。令和8年3月末実績として、支給決定取消件数4,640件、支給決定取消金額 約1,153億円、回収済額 約896億円という数字が公表されています。
取消金額に対して回収済額は約8割弱です。差額は返還されないまま残っている分ということになります。この規模の調査と回収が続いている以上、「小さい金額だから見つからない」という前提は成り立ちません。
調査はいつでも入る。予告なしの現地調査も明記されている
不正受給の話が現実味を帯びるのは、調査が入ったときです。リーフレットは「適正な支給がされているか確認するための調査を随時行っています」と冒頭に掲げ、本文では「適正支給の観点から、労働局やハローワークでは積極的な調査を行っています。このため、追加書類の提出を求めたり、事業所訪問を行うことがありますので、調査にご協力ください」としています。そのうえで「調査に協力することが助成金の支給要件になっています」と注記されています。
共通要領0204は、実地調査を3つに分けています。雇用保険法第79条に基づく立入検査、管轄労働局が事業主又は事業所の長の任意の協力の下に行う事業所訪問による調査、そして管轄労働局が社会保険労務士、代理人又は訓練を行う者の任意の協力の下に行う事務所等への訪問による調査です。訓練を行う者への調査は、助成金の支給要件として訓練の実施が要件となっている助成金に限られると書かれています。
雇用調整助成金のページに掲示されているリーフレットには、対応の厳格化の項目として「予告なしの現地調査」が挙げられ、事業所内訪問・立入検査と併記されています。書類を整えてから呼ばれる、という前提では動いていません。
調査の結果、申請内容が不適正(事実と異なる)の場合は、支給した助成金の返還を求めるとリーフレットに書かれています。ここで重要なのは、不適正と不正受給が区別されている点です。事実と異なっていれば返還の対象になりますが、そこに故意があると判断されたときに、2割の額・延滞金・5年間の受給停止・公表という不正受給の扱いが加わります。
申請書類は5年間保存する
事業主は申請書類を「5年間」保存する必要があります(厚生労働省のリーフレットの記載)
この助成金を申請した事業主は、提出または提示した書類の写し、その他支給要領に規定する書類を、支給決定日の翌日から起算して5年間保存する必要があります。
保存期間の起算日は支給決定日の翌日です。受け取った時点から5年、書類を出せる状態にしておく必要があります。共通要領0301のロでも、審査及び支給決定後の調査に必要な書類等を整備、保管していることが支給対象事業主の条件になっています。
リーフレットは社会保険労務士や代理人に対しても「事業主から書類等を受領する際は、原本または原本の写しであるか、事実と異なる内容がないか確認してください」「事業主は申請書類を保存しなければならないため、申請書類(添付書類を含む)の写しを必ず事業主に渡してください」と求めています。委託していて手元に書類がない、という状態は保存義務を果たせません。
委託していても、自社で確認する
この制度設計から導かれる実務は単純です。申請を外部に委託していても、提出する書類の写しを受け取り、内容を確認し、5年間保存する。この3つを自社で行うことが、事業主の側でできる唯一の防御になります。
加えて、共通要領には調査への協力が支給要件として書かれています。リーフレットも「適正支給の観点から、労働局やハローワークでは積極的な調査を行っています。このため、追加書類の提出を求めたり、事業所訪問を行うことがありますので、調査にご協力ください」「調査に協力することが助成金の支給要件になっています」としています。共通要領側の要件は雇用関係助成金の共通要領で整理しています。
助成金を資金計画に織り込んでいる会社ほど、5年間の受給停止は重く効きます。資金繰り改善の具体策100で扱っているとおり、返済不要の資金は計画に組み込みやすい反面、止まったときの影響も大きくなります。

まとめ
不正受給に当たると、全額返還に加えて不正受給日の翌日からの延滞金と、不正受給した額の2割に相当する額を納付します。さらに不正受給決定日から5年間、不正受給を行った以外の助成金を含めて雇用関係助成金を受給できません。
公表の分かれ目は100万円です。支給取消額と不支給決定を受けた支給申請額の合計が100万円以上なら公表対象で、例外は調査前の自主申告・返還命令後1か月以内の全額納付・重大または悪質でないと認められることの3つがそろった場合だけです。社会保険労務士や代理人が関与した場合は、金額や返還の有無にかかわらず公表対象になります。
故意によらない記載ミスは不正の行為に当たらないと明記されていますが、申請書類の作成に関わった者の行為は事業主の行為とみなされます。委託していても書類の写しを受け取り、内容を確認し、支給決定日の翌日から5年間保存してください。疑わしい点に気づいたときは、調査が始まる前に管轄の都道府県労働局へご連絡ください。
どの助成金を使うかを選ぶ段階では雇用関係助成金13分類の比較、制度の仕組みそのものは助成金とはをご覧ください。
参照した一次情報
- 厚生労働省「雇用関係助成金の不正受給について」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/index_00061.html(不正受給の定義、行為者の範囲、返還と2割と延滞金、5年間の受給停止、公表基準に該当する場合の公表、社会保険労務士・代理人の連帯返還義務と申請受理停止・公表)
- 厚生労働省「雇用調整助成金(不正受給関係)」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/kochokin_husei.html(返還請求の内訳、刑法第246条の詐欺罪に問われる可能性、自主申告の定義と方法、公表基準の3区分、公表は管轄都道府県労働局のホームページで行うこと、令和8年3月末の不正受給実績)
- 厚生労働省「『雇用関係助成金』を正しく申請していますか?」(資料番号LL051020保01)https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001316328.pdf(申請前の確認事項、社会保険労務士や代理人に依頼する場合の書類の写しの受領と保存、申請書類の5年間保存、調査への協力が支給要件であること)
- 厚生労働省「雇用関係助成金共通要領」(令和8年4月8日現在)https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001688318.pdf(0205 不正受給の定義、故意によらない記載は不正の行為に該当しないこと、不正受給に係る請求金の内訳と延滞金の割合)
制度の内容は2026年10月1日に厚生労働省の公式ページおよびリーフレットに掲載されていた内容です。不正受給実績は令和8年3月末時点として公表されていた数字です。公表基準や取扱いは改定されることがあります。個別の事案の該当性は管轄の都道府県労働局の判断によります。法的な判断が必要な場合は弁護士等の専門家にご相談ください。

