エンジェル投資家から投資を受けることは、資金調達に悩むベンチャー企業にとってはありがたいものです(そのような幸福をもたらしてくれるために、「エンジェル(天使)」と呼ばれるのです)。しかし、エンジェル投資家からの資金調達はいいことばかりではなくデメリットもあります。
エンジェル投資家にとってもベンチャー企業への投資はメリットとデメリットの双方がある投資です。
ベンチャー企業側のメリット・デメリット
エンジェル投資家から資金調達するメリット
エンジェル投資家から資金調達することのメリットとして、すぐに感じられることは「資金調達ができること」そのものです。
しかし、エンジェル投資家からの資金調達のメリットはそれだけに留まるものではありません。
資金調達できる
ベンチャー企業は多くの資金を必要としています。
会社を成長させるためには、また成長を加速させるためには、多くの資金が必要です。また資金があることはより多くの失敗を許容できるようになるということです。
しかし、成功するのかどうかまだわからないベンチャー企業へ投資してくれる人は多くはいません。
他の投資家の呼び水となる
ベンチャー企業の資金調達が一回の調達で必要額の全てを集めきり、そこで終わることはありません。また、事業が成功して拡大した場合、失敗して立て直したい場合には、それぞれ新たに資金が必要となります。
ベンチャー企業は常に資金調達を必要としているのです。
既にエンジェル投資家が投資しているベンチャー企業は、他のエンジェル投資家、またはベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達が行われる可能性が高まります。投資を検討している人にとって、既にエンジェル投資家がいることは、安心材料になります。誰かが投資するくらいいい会社であるということがポジティブに評価されるためです。
次の資金調達で、ダウンラウンドが許容される可能性が高いこともエンジェル投資家から投資を受けるメリットです。
エンジェル投資家であれ、ベンチャーキャピタル(VC)であれ、ダウンラウンドでの資金調達は自身の投資が希薄化することから望ましくはありません。しかしベンチャーキャピタル(VC)は投資家に損益を分配する前提であることからよりダウンラウンドを嫌がります。
この点、エンジェル投資家は個人であって評価益は実体的には何ら影響しません(特に税務上、何ら損得ありません)。そのため、ダウンラウンドをベンチャーキャピタル(VC)よりも許容しやすいです。
経営の支援を期待できる
ベンチャー企業では経営資源、特に人材が常に不足しています。
エンジェル投資家は成功する前の会社に投資しています。会社がそのままの状態であれば投資した資金を回収することができません。そのため、会社を成功させることに強いインセンティブを持っています。
そのため、エンジェル投資家から、経営支援を期待することができます。
デメリット
エンジェル投資家から資金調達することはこのようにメリットが多い反面、デメリットもあります。
エンジェル投資家から資金調達すると一般的に生じるデメリットもありますが、特に注意が必要なのは「エンジェル投資家は個人」ということです。
インセンティブが減ってしまう
エンジェル投資家からの資金調達は会社が成長して取得する収益の一部をエンジェル投資家に渡す取引です。
個人株主としてコストがかかり、リスクがある
エンジェル投資家は、裕福な個人ではあるものの、ベンチャーキャピタル(VC)や事業会社には資金量で劣ります。そのため、調達したい金額を一人のエンジェル投資家から集めることは難しく、複数のエンジェル投資家から調達することになります。
エンジェル投資家、に限らず、資金調達先が増えれば増えるほど、管理コストが高くつきます。
実際に費用が膨らむこととしては、例えば株主総会の案内の発送先が多くなり、会場も広い場所を確保する、などがあります。また、その投資家が税務上もエンジェル投資家として扱われる(エンジェル税制の適用を受ける)ことを望む場合には、投資家の確定申告に加え、会社としても行政との折衝や書面の準備が必要となります。
お金がかかるというコスト以外にも、説明コストを負担することになります。投資家は会社の状況を知りたいと思っており、情報を共有し、会社のしたいことがあれば投資家を説得する必要があるため、これに時間と労力がかかるためです。
また、投資家が増えれば増えるほど、リスクも高まります。
一例として、会社の状況を知る株主が増えるほど、情報の秘密を確保するのが難しくなるという問題があります(株主からの情報漏洩リスクが増えるということです)。
経営が振り回される
エンジェル投資家は個人の投資家です。しかも、「エンジェル投資と」言うニッチな領域での投資を行っている投資家です。いろいろな人がいることに加え、一人ひとりの個性が濃い、あるいはクセが強いです。
起業家とエンジェル投資家で、経験があまりに違うことはよくあります。はじめはありがたいアドバイスとして聞けていたことでも、徐々に負担に感じてくることはよくあります。
経営者の負担感だけでも大きな問題ですが、実際にはエンジェル投資が会社の利益よりも前に、自分の個人的な利益を優先して会社に様々な要求を行うことも珍しくありません。
典型的な事例としては、エンジェル投資家の経営している会社との取引を強く勧められる事例があります。
エンジェル投資家と会社との関係でも気苦労が多いのですが、実際にはエンジェル投資家同士のいざこざに会社が巻き込まれることもあります。
エンジェル投資家同士は、同じ投資先1社だけで顔を合わせていることはまれです。他の投資先や、自分の本業で顔を合わせていることも珍しくありません。エンジェル投資家同士の不和は自社とは関係ないところでも生じうるということです。
会社としては、株主の情報には常に注意を払っておく必要があり、この点もコストの増加につながることになります。
エンジェル投資家側のメリット・デメリット
エンジェル投資家がエンジェル投資を行うことのメリット・デメリットは、他の投資と比較すると分かりやすいです。
ここでは他の投資(上場株式への投資や、融資)と比較して、エンジェル投資のメリット・デメリットを見ていきます。
エンジェル投資家側のメリット
エンジェル投資を行うことの「エンジェル投資家にとってのメリット」は、経済的なリターン、税務上のメリットと、経済なもの以外のメリットがあります。
経済的なリターン
株式への投資は融資などよりもリスクが高いため、より大きなリターンが狙えます。また株式投資のリターンには上限がなく、会社が収益を上げれば上げるだけ、青天井でリターンが大きくなります。株式への投資の中でも、よりどうなるかわかない会社への投資の方が、上場企業のような安心感のある会社への投資よりも、成功すれば、より大きなリターンが得られます。
これが経済的なメリットです。
税務的なメリット
エンジェル投資は、税務上の要件に当てはまる場合、エンジェル税制が適用になります。
エンジェル税制が適用されると、簡単に言えば税金が安くなります。
投資をする上で税金は「埋没コスト」と呼ばれ、「見返りのない支払い」です。
経済もの以外のメリット
エンジェル投資の経済的なメリット以外のメリットは、投資先会社への影響力から生じます。
上場企業であれば、会社に影響を持ちたいと思ったら多額の資金が必要になります。調達している金額が大きいので、少額の投資をしても、影響力が生じないからです。
一方で、ベンチャー企業の場合には、少ない金額を投資することで会社に対して大きな影響力を持つことができます。
会社に対して影響力を持つことが具体的にどのようなメリットにつながるかは人それぞれです。
- 影響力を持つこと自体に喜びを感じる
- 影響力を通じて経済的なメリットを得られる
- 影響力を持つことで名声を得られる
- 影響力を持つことで貴重な体験をする機会が増える
デメリット
エンジェル投資を行うにあたってのデメリットは限定的です。想定外のデメリットが生じることは心配する必要がありません。
つまり、エンジェル投資はリスクが高いため失敗したらどうしよう、というのはよく聞かれる悩みですが、経済的な投資したお金が返ってこなくなる、以上のリスクはありません。
例えば、会社のトラブルに巻き込まれたり、投資先の失敗のあおりを受けることは基本的にはありません。投資だけではなく、投資先の事業に深く関与している場合であって、単なる投資であれば投資家に影響が及ぶことはほぼありません。
リスクが高い
上場企業への投資は投資先の会社の会社のリスクがある程度、抑制されています。
なぜなら上場するためには証券会社と証券取引所が審査しており、どのような会社でも上場できるわけではないからです。その審査の中では、事業モデルが確立していることが求められます(確認されています)。
一方でエンジェル投資の対象となる会社は事業モデルが確立されていません。まだ事業の構想段階であったり、収益基盤を持っていません。そのため、成功するかどうかを見通すことが難しく、実際にほとんどのエンジェル投資は失敗に終わります。
長期固定資金となる
上場企業への投資は、投資対象(その会社の株式)が証券取引所に上場されています。
その意味するところは、いつでも売却できるというところです(売却の価格はその時々の市場の価格によります)。言い換えると、いつでも投資をやめて現金に戻すことができます。
一方でエンジェル投資の対象となる会社の株式は売却することが困難です。
制度として売却できるようにはなっていません。また売却を仲介してくれる専門家もいません。そのため、自分で売却先を見つけてくる必要があります。この問題は投資先の会社が成長し、取引所に上場できるようになると解消します。また会社がM&Aにより事業会社等に買われることがあれば、自分の持ち株も一緒に売却できます。
いずれにしても、投資先の事業が成長しないことには実現しません。ベンチャー企業は一朝一夕に成長するわけではないことを考え合わせると、数年から十数年という遠い先まで、投資をやめて現金に戻すことができません。
情報開示が不足している
上場企業は、金融商品取引法などの法律面の要請として、または取引所、市場の圧力の結果として、様々な情報開示を行っています。しかも、その情報開示は、それぞれの投資家が求めると開示されるのではなく、会社が自ら開示します。また、ある程度は継続して開示されると期待できます。
情報開示がなされることは、投資先の価値を把握するために必要です。しかし、それだけにとどまらず、不正を抑制したり、効率化を推し進めるための原動力となりえます。
一方でエンジェル投資の場合には投資先からの情報開示が不足しています。
ベンチャー企業の情報開示は、法律面から強制されるものではないため、それぞれの投資家が会社と交渉して開示してもらう必要があります。
まとめ
エンジェルは会社の資金調達にとっては天使のような存在です。しかし、投資したのちに、デビル(悪魔)に変わってしまわうことがある点はいくら注意してもしすぎであることはありません。
投資を行う側のエンジェル投資家にとってもエンジェル投資はリスクが高くデメリットが少なくない投資です。