会社は普段から、弁護士、会計士、税理士など、多くの専門家の支援(アドバイス)を受けつつ、事業を行っています。
M&Aを行う場合、M&Aの特有の専門家としてM&Aアドバイザーがいます。
M&Aアドバイザーは、フィナンシャルアドバイザー(FA)と呼ばれることもあります。
FAの役割
依頼を受けた当事者が売り手なのか、買い手なのかによって業務内容に違いがあります。
売り手側FAの業務内容
売り手側当事者から依頼を受けたFAの業務内容は以下の通りです。
- 依頼主の調査
- 売却提案書の作成
- 買主候補のリストアップまたは入札の実施
- 買主の調査
- 交渉
依頼主の調査
これには、売却対象となる会社(事業)の内容、過去の財務諸表とその分析のほか、その事業のマーケット、マーケットにおける当該会社の地位や競合他社の状況等が含まれます。
同時に、売り手の今後の事業計画や、希望する売却条件を確認します。
相手方(買い手)を探すため
M&Aにおいて最初の困難はM&Aの相手方を見つけることです。
売り手側FAは、M&Aの相手方(つまり買い手候補)を探すところから売り手側を支援します。
提案書を作成するため
この資料は提案書と呼ばれます。この提案書の作成はほとんどの場合、売り手側のFAが行います。
買い手のDDに備えるため
DDは提案書等の資料の精査と、追加質問、経営者へのインタビュー(マネジメントインタビュー)により行われます。
売り手側FAはこのDDへの売り手側の対応の支援を行います。
提案書の作成
売り手側FAは依頼主の調査に続いて、提案書を作成します。
M&Aの提案書は大きく二つに分かれ、一つは買い手にM&Aを検討してもらうために、そのM&Aが買い手にとっていかに望ましいのかを説明する資料です。そしてもう一つはIMです。
IMとはinfomation memorundumの略で、M&Aの売り手となる企業について説明した資料です。
まず、買い手は最初にノンネームシートと呼ばれる会社名を記載していない売り手の概略についての資料を受領します。この資料に基づいてM&Aを検討するか否かを判断します。
M&Aの検討を続けることになれば、秘密保持契約書を締結します。
秘密保持契約書を締結するとより詳細な情報が開示されます。その際、売り手から買い手に対して交付されるのがIMです。
買主候補のリストアップまたは入札の実施
売却提案書の作成と並行して、買い手候補のリストアップを行います。
相手方となりうる会社を業種などから検索したうえで(この段階で候補に挙がった企業の一覧をロングリストと呼びます)、ノンネームシートを用いて買い手候補の関心を探ります。
事前にある程度の情報を広く開示したうえで、買主からM&Aの条件についての提案を募ります(これを一次入札といいます)。
売り手は買い手候補から受領した条件の中から数社を選び、秘密保持契約を締結したうえでIMを開示します。買い手はIMを元に条件の再提示を行います(これを二次入札といいます)。
入札によるM&Aは投資ファンドの保有する株式の売却の際に用いられてきました。ファンドの保有株式の売却は金額が大きな争点となる(逆にその他の条件、例えば従業員の雇用継続等はあまり争点にならない)ため、入札になじみやすかったためです。
しかし、近年では、事業会社のM&Aで用いられるケースが増えてきています。これは、売却価格の妥当性を売り手が自社の株主に説明しやすいためです。
買い手候補の調査
ショートリストに記載された企業、あるいは入札で希望する条件の提案を受けた企業については、本当にその相手とM&Aの交渉を行ってよいのか、調査する必要があります。
例えば、
- M&Aで合意された内容をM&Aの後に履行してくれるのか
は調査しておくべき事項です。
対価を買い手が本当に売り手に支払うことができなければM&Aの合意に意味がなくなります。あるいは従業員の雇用の継続を約束したのに全く守られない等、M&Aの目的を達成できないことも起こりえます。
また、
- 買い手候補に、本当にM&Aを実行する意図があるのか
も調査しておくべき事項です。
M&Aを検討するためには詳細な情報開示が必要となりますが、結果としてM&Aが不成立に終わることもあります。M&Aが成立しなければ、情報を取られただけに終わってしまう可能性があるからです。
そのため、売り手、その中でも特に競合とのM&Aを協議する際には、情報を取得されるだけで終わることなくM&Aを実施する意思が買い手候補にあるのか、も重要なポイントになります。
交渉の支援
具体的に買い手候補との交渉に至れば、FAの業務は交渉の支援になります。
交渉の準備として、自社の譲れない条件、逆に譲歩可能なポイントを整理しておきます。
また実際に交渉が始まれば、相手の主張の弱いところを指摘し、交渉を有利に導くよう、売り手側企業に助言を行います。
これはFAの交渉力が高い場合のほか、売り手・買い手の当事者同士が直接話をするよりも第三者が間に立って話し合うことで感情的にならずに交渉を進められる場合があるからです。
交渉まとまった場合には、FAはM&Aの対価が妥当だと判断する根拠を示します。売り手はFAの意見を参考に、M&Aの対価の妥当性を自社の株主に説明する必要があるためです。
買い手側FAの業務内容
買い手側FAの業務内容は以下の通りです。
- 依頼主の調査
- 買収案件の精査
- 交渉
売り手側は相手を探すことからはじめるケースが大半です。
これに対して、買い手側は相手からの提案を受けて検討をはじめるケースがほとんどです。
買い手側FAは相手を探すことは通常は行いません。
依頼主の調査
売り手側FAと同様、買い手側FAも、まずは依頼主を精査することから始めます。
買い手側FAは買い手をよく知っていることも多く、その場合にはこのプロセスは省略されます。
買収案件の精査
買い手側FAは提案されているM&A案件についての精査を行います。相手方から開示された提案書、あるいはIMを元に、売り手の評価を行い、M&Aの条件を検討します。
売り手側FAはM&Aを行うことを前提にM&Aの相手方を探します。しかし、買い手側FAは、そもそもM&Aを依頼主が行うべきか、の検討を行います。
買い手側FAがM&Aを行うべき、行わないべきとアドバイスする際には、その根拠を示すことになります。
交渉の支援
M&Aの交渉の支援については売り手側FAと業務の内容自体は変わりません。
つまり買い手側が有利な条件となるよう、買い手側を支援することになります。実際の交渉を買い手に代わって行うことがある点も売り手側FAと同様です。
FAと仲介会社との違い
FAと同じく、M&Aの専門業者として仲介、あるいは仲介会社と呼ばれる業者がいます。
FAと仲介、その違いは何でしょうか。
一言でいえば、誰から依頼を受けているのか、です。
FAは売り手、買い手のいずれかから依頼を受けています。
これに対して仲介会社は売り手、買い手双方から依頼を受ています。
仲介会社の役割
いずれか片方の利益ではなく双方に利益が生じるように、取引を仲立ちし、結果として取引(M&A)が成立するよう、双方を支援することが仲介会社の業務となります。
また仲介会社はM&Aの相手方を探すところから、成立に至るまで(場合によってはM&Aが成立した後の統合業務(PMI)まで)、M&Aの全てに渡って売り手、買い手双方を支援します。
仲介会社との具体的な違い
仲介会社とFAの違いについてより具体的に見ていきましょう。
目的
仲介会社の目的はM&Aを成立させることです。
FAの目的は自分の依頼主であるM&Aの売り手、または買い手の利益を最大化することです。
言い換えると仲介会社は売り手、買い手どちらから依頼を受けていても、依頼主の利益だけを考えているわけではありません。
一方でFAはM&Aを成立させることを目的としておらず、場合によっては(とくに買い手側FAは)M&Aを行わないことを依頼主にアドバイスすることもあります。これは依頼主だけの利益を考慮して行動しているからです。
報酬
仲介会社はM&Aの売り手、買い手の双方から報酬を受領します。これを両手取引と言います(売主、買主のどちらかだけから報酬を受領する場合は片手取引と言います)。
双方から依頼を受けているので、双方から報酬を受け取ることになります。
これに対してFAは依頼主からのみ報酬を受け取り、M&Aの相手方から報酬を受け取ることはありません。
相手方からは依頼を受けていないので報酬を受け取ることはありません。
FAは、そのM&A取引において相手方から報酬を受け取らないことに加え、相手方との間で他に取引をしているのかを依頼主に開示することが一般的です。
これは、FAがM&Aの相手方ではなく、依頼主だけの利益を考えて行動していることに疑いをもたれることを避けるためです。
仲介会社の報酬は成功報酬が大きな比重を占めます。これはM&Aを成立させることが仲介会社に期待されており、その期待を全うすることに(つまりM&Aを成立させることに)仲介会社が一生懸命取り組むことを目的としています。
FAの報酬も売り手側FAの報酬は成功報酬が大きいことは変わりません。一方、買い手側FAはM&Aの成立を目的としていないため、成功報酬よりも、業務量に応じて報酬が支払われます。
専門性
仲介会社の専門性の最も高い部分はM&Aの相手方を探してくる部分です。
M&Aの成立する可能性のある当事者を探してくることであって、M&Aの当事者についてそれ以上に深い知識を要求されません。
これに対して
FAは自社に依頼してきたM&Aの当事者について深い理解が必要になります。
なぜなら、M&Aを本当に成立させるべきなのか、M&Aの値段が妥当なのか、当事者に代わって判断するだけの知識が必要とされるからです。
FAと仲介会社は専門性が異なります。そのため、FAとして優秀な会社が仲介会社として優秀とは限りませんし、逆に仲介会社として優秀な会社がFAとして優秀とは限りません。
多くの仲介会社はFA業務を行っていませんし、FAが仲介業務を行っていることはあまり見かけません。
顧客
仲介会社は主に中小企業のM&Aを取り扱っています。
中小企業の場合には相手方を探してくることが一番難しく、そのための専門性が最も高いのが仲介であるためです。
FAは主に大企業のM&Aに関与しています。
大企業のM&Aに当たっては売り手、買い手ともに後日、自社の株主に対してなぜその取引を行ったのかの説明を行う必要があり、その際、専門家であるFAに相談した結果であることを伝える必要があるためです。
FAと仲介会社は顧客基盤が異なります。この顧客は、M&Aを行う当事者だけではなく、その支配者(大株主)の属性も関係します。
会社の規模は中小企業であっても、大企業傘下の子会社やファンドの投資先などはFAを利用することがほとんどです。
まとめ
M&AアドバイザリーであるFAは、依頼を受けた顧客のために、最善のM&Aを模索して、依頼主にアドバイスを行います。
売り手から依頼を受けた場合、買い手から依頼を受けた場合で具体的な業務内容は異なるものの、売り手、買い手の依頼を受けた方のために業務を行う点では違いがありません。
M&Aの専門家としてはFAのほかに仲介会社がいます。
仲介会社は売り手、買い手の双方のために業務を行い、M&Aを成立させることを目的としています。
FAに依頼すればよりM&Aの条件面で仲介会社に依頼するよりも有利な条件となる可能性があります。一方でM&Aが成立しない確率も高まります。