銀行融資でも、繰り上げ返済をすることが可能ですが、多くの経営者はこのように誤解しているようです。今回は「銀行融資の繰り上げ返済」について解説します。
銀行が繰り上げ返済を嫌がる理由
繰り上げ返済とは
を言います。
住宅ローンやカードローンで一般的な返済方法であり、多くの方が利用したことがあるため、経営者の中でも
と勘違いしている方が少なくありません。
その理由を解説します。
銀行は早く返してほしくない事実
銀行が追いかけている目標
- 銀行は、株主に対して責任があり、毎年銀行全体としての目標を追いかけています。
- 銀行全体の経営計画から、売上や利益が未達であれば、経営陣が責任を取らされてしまいます。
- 支店は、銀行全体の目標達成の一部として、支店単位での目標を追いかけています。
- 売上や利益が未達であれば、支店長が責任を取らされてしまいます。
- 銀行の融資担当者は、支店全体の目標達成の一部として、個人単位での目標を追いかけています。
- 売上や利益が未達であれば、今後の昇進や人事評価、給料に影響が出てきます。
銀行も株式会社ですから、
社員ごと、支店ごとに、厳しい目標設定がされているのです。
主要な指標としては
- 融資額
- 利息収益
- 預金額
であり、ほかにも
- 新規顧客の獲得
- 保険、投資信託の販売
・・・
など、様々な目標「ノルマ」を追いかけているのが銀行であり、銀行の社員なのです。
繰り上げ返済の銀行に対する影響
それと繰り上げ返済にどんな関係があるかというと・・・
繰り上げ返済 = 予定よりも早く返済すること
- 予定していた融資額が減少する
- 予定していた利息収益が減少する
ことになるのです。
サラリーマンを経験した方ならわかるかと思いますが
見込んでいた売上や利益が顧客都合でなくなってしまうと・・・
リカバリーする時間がない。
結局、そのせいで未達になってしまった。
と「腹立たしい」感情を抱いた経験があるかもしれません。
銀行も同じなのです。
繰り上げ返済されてしまうと
- 予定していた融資額が減少する
- 予定していた利息収益が減少する
ために支店全体でリカバリーしなければ、支店の目標達成が危うくなりますし、個人としての目標達成も危うくなってしまいます。
借りている会社の経営者にとってみれば
繰り上げ返済 = 返済負担を軽減する方法
貸している銀行にとってみれば
繰り上げ返済 = 本来得られるべき収益が削られるもの
となってしまうのです。
銀行融資の繰り上げ返済をする場合の注意点
その1.銀行の融資担当者に無断で繰り上げ返済を実行する
絶対にやってはいけないこととして
銀行の融資担当者に相談せずに繰り上げ返済を実行する
です。
銀行は「繰り上げ返済」自体を禁止しているわけではありませんから、銀行の融資担当者に黙って繰り上げ返済することも可能です。
しかし、前述した通りで
繰り上げ返済は
銀行にとっても
支店にとっても
収益にマイナスを与える行為です。
銀行の融資担当者に相談せずに繰り上げ返済してしまうと・・・
銀行の融資担当者は、支店長や上司に呼び出されて
と人事評価が下がってしまうのです。
多大なダメージを食らうのは融資担当者ですから、「その融資担当者が今後、御社に冷たい対応を取るかもしれない。」というのは想像に難くありません。
その2.預金を解約して繰り上げ返済を実行する
銀行は、預金や融資を一つ一つ分解して目標設定しているわけではありません。
法人向けは、あくまでも会社単位で管理しています。
その最たる例として「実質金利での管理」があります。
実質金利の例
A社に3000万円の融資を金利3.0%で実行すると
銀行にとっては
年率:3.0%の収益
しか見込めませんが・・・
A社から、2000万円の定期預金を組んで、3000万円の融資を金利3.0%で実行すると
銀行にとっては
実質的に貸しているのは1000万円で、3000万円の3.0%の収益が見込めるので
年率:9.0%の収益
が見込めることになります。
銀行は、この状態が「おいしい」のです。
- 預金額の目標達成にもなるし
- 融資額の目標達成にもなるし
- 融資対するの投資効率(金利)も高くなる
いいことづくめなのです。
だから、銀行は「定期預金を組んでもらって、融資をする」行動を取るのです。
繰り上げ返済の返済原資を「定期預金の解約」で賄おうとした場合
- 予定していた融資額が減少する
- 予定していた利息収益が減少する
という「繰り上げ返済」のダメージに
- 予定していた預金額が減少する
というダメージが乗っかり、ダブルパンチになってしまいます。
定期預金を解約して、銀行融資の繰り上げ返済をする
という行為は、銀行にとって最悪の行為なのです。
その3.一部繰り上げ返済をしない
「繰り上げ返済」は住宅ローンなどで利用している方も増えています。
住宅ローンの場合は、ほとんどの場合は「一部繰り上げ返済」であり、「全額繰り上げ返済」ができるほど資金がある方はほとんどいません。借り換えの場合は「全額繰り上げ返済」と同じことになります。
この延長線上にあると考えて
しかし、銀行融資の場合は
「一部繰り上げ返済」は、おすすめできません。
理由としては
- 「一部繰り上げ返済」だと計画が狂う回数が繰り返されること
- 余剰資金ができるたびに少額ずつ「一部繰り上げ返済」をする顧客は、今後の融資の拡大にもつながらないと好まれないこと
が挙げられます。
余剰資金ができるたびに少額ずつの「一部繰り上げ返済」
は銀行にとって「迷惑極まりない」ということです。
その4.銀行との取引をゼロにしてはいけない!
- 銀行との関係を完全に遮断したい。
という方は別ですが
- 今後も融資を受ける可能性がある。
- 今後も銀行との関係を続けていきたい。
という方の場合には
銀行からの借入を0円にするのは避けるべきです。
なぜなら、銀行融資の難易度は
という関係にあり、
既存取引先の融資を拡大する稟議を通すりょりも、新規取引の稟議を通す方が何倍も難しい
からです。
一旦、融資額がゼロ円になってしまうと、そこで取引はリセットされてしまうため、次融資を受ける時は、新規取引と同じ稟議書を通さなければなりません。
当然
ということも聞かれます。
「繰り上げ返済をしたからです。」
という情報も共有されるので
完全に新規の取引先よりも、融資を受ける審査がマイナスからのスタートになってしまう可能性が高いのです。
今後も、銀行との関係を継続したいのであれば、融資をゼロの状態にしてはいけないのです。
その5.決算月を避ける
前述した通りで、銀行はノルマ社会です。
- 銀行は、株主に対して責任があり、毎年銀行全体としての目標を追いかけています。
- 支店は、銀行全体の目標達成の一部として、支店単位での目標を追いかけています。
- 銀行の融資担当者は、支店全体の目標達成の一部として、個人単位での目標を追いかけています。
目標達成が積み重なった到達点は
「決算(銀行の一年間の成績)」
です。
銀行と言えども、上場企業ですから、決算の数値が悪ければ
- 株価が下落
- 時価総額も下がる
- 経営陣の責任が浮上する(経営陣の交代)
ということになってしまうので、
銀行の場合、決算月は「3月決算」がほとんどです。
つまり、銀行は
- 本決算:3月
- 中間決算:9月
に「最後の追い込み」をしている状態なのです。
全社員が躍起になって、数字を作りに行っているのが「3月」「9月」ですから・・・
「3月」「9月」で「繰り上げ返済」をされると・・・
「繰り上げ返済による未達分をを取り返す時間がない。」のです。
繰り上げ返済をする場合には、繰り上げ返済による未達分を取り返す時間がある「4月」「10月」という期初にすべきなのです。
その6.新規取引間もない状態での繰り上げ返済は避ける
- 融資を受けて3カ月で繰り上げ返済
- 融資を受けて6カ月で繰り上げ返済
をしようとしたら、
銀行は
「資金計画の読みがおかしい。」
「信用できない。」
と判断してしまいます。
本来、融資というのは資金需要があって、その資金調達方法に合わせた毎月の返済額も経営計画に盛り込んで運用していくものなのですから、計画通りに動いていれば「繰り上げ返済をしよう。」と考えるものではないのです。
銀行との信頼関係が破綻してしまいます。
繰り上げ返済をスムーズに実行する交渉方法
方法その1.「実質金利」を上げて交渉する
銀行が気にしているのは「実質金利」です。
- 定期預金:1,000万円 金利 0.1%
- 融資額:3,000万円 金利 3.0%
の場合
実質金利 = ( 3,000万円 × 3.0% - 1,000万円 × 0.1% ) / ( 2,000万円 - 1,000万円 )
= 890,000円 / 2,000万円 = 4.45%
です。
もし、1000万円の繰り上げ返済をする場合に定期預金を500万円積み上げたら・・・
- 定期預金:1,500万円 金利 0.1%
- 融資額:2,000万円 金利 3.0%
の場合
実質金利 = ( 2,000万円 × 3.0% - 1,500万円 × 0.1% ) / ( 2,000万円 - 1,500万円 )
= 585,000円 / 500万円 = 11.70%
となります。
と相談すれば良いのです。
銀行から見れば「実質金利」というのは
を意味するものですから、重要な指標として銀行には根付いているのです。
ちなみに中小企業の場合は、経営者の個人取引も、会社取引の一つとして含めて考えてくれます。
個人の定期預金などの預金取引でも、交渉材料になるのです。
方法その2.「将来の会社の成長」を訴えて交渉する
銀行が融資先に望んでいることは
です。
会社の規模が拡大していけば、資金需要もどんどん伸びていくのですから、銀行の融資額も増え、利息収益も増えるからです。
これを逆手に取れば
というように
- なぜ、繰り上げ返済をするのか?
- 繰り上げ返済をする理由は何か?
- 繰り上げ返済をする原資は何になるのか?
- 今後の事業計画への影響
- 今後の取引への影響
・・・
などを、融資担当者に丁寧に説明した上で「会社の規模を拡大するために今繰り上げ返済が必要である。」ということを伝えられれば、なかなかNOは言わないはずです。
方法その3.金利交渉に切り替える
と銀行の融資担当者に相談されることもあります。
- 融資担当者自身が大口顧客に繰り上げ返済されると、リカバリーの目途が全くつかない。
- 支店の収益性が悪化していて、今支店長にその話を切り出せない。
・・・
など、いろいろな事情がありますが、
このケースでは、無理に「繰り上げ返済」を押し通すのではなく
と、交渉する方法もあります。
「繰り上げ返済」を経営者がしたい理由は
「無駄な利息負担を軽減したいから。」
ですから、金利を下げられるのであれば、同じ効果があるのです。
まとめ
銀行融資の繰り上げ返済は
銀行にとっては
- 見込んでいた「融資額」「利息収益」がなくなってしまう行為
ですので、かなりネガティブな印象を与えてしまうものです。
やり方を間違えると
- 銀行の融資担当者の心証を悪化させる
- 銀行の今後の融資姿勢が悪くなる
- 銀行との取引ができなくなる
可能性があるのです。
銀行融資の繰り上げ返済をする場合の注意点
- その1.銀行の融資担当者に無断で繰り上げ返済を実行する
- その2.預金を解約して繰り上げ返済を実行する
- その3.一部繰り上げ返済をしない
- その4.銀行との取引をゼロにしてはいけない!
- その5.決算月を避ける
- その6.新規取引間もない状態での繰り上げ返済は避ける
繰り上げ返済をスムーズに実行する交渉方法
- 方法その1.「実質金利」を上げて交渉する
- 方法その2.「将来の会社の成長」を訴えて交渉する
- 方法その3.金利交渉に切り替える
銀行融資の繰り上げ返済は、銀行の損益にマイナスの影響を与えるネガティブな行為です。
できれば「繰り上げ返済は避ける」ことが望ましいのですが、経営者にとっては「余剰資金があるのであれば、借入額を圧縮して、返済負担を軽減したい。」というのも事実です。
前述した通りのポイントをよく理解したうえで、「銀行や銀行の融資担当者の立場やメリット」を意識しながら、交渉することで、スムーズに繰り上げ返済を実行することができるはずです。自分勝手な「繰り上げ返済」は危険ですので、止めましょう。
「銀行も早く返してもらった方が良いに決まっている。」
・・・