補助金の賃上げ要件と未達時の返還|付加価値額・給与支給総額・最低賃金の目標を制度別に比べる

付加価値額・労働生産性は年平均+4.0%、1人当たり給与支給総額は年平均+3.5%、事業場内最低賃金は地域別最低賃金+30円という3つの目標を並べたアイキャッチ画像

設備投資向けの補助金は、採択されたら終わりではありません。補助事業が終わったあと3〜5年にわたって数値目標を追いかけ、届かなければ返す仕組みが組み込まれています。しかもその目標は、売上でも利益でもなく付加価値額・1人当たり給与支給総額・事業場内最低賃金という3つの指標です。

「補助率が高い」「上限額が大きい」という理由だけで制度を選ぶと、3年後に返還の対象になる条件を背負い込むことになります。この記事は、中小企業庁と各補助金の事務局が公表している要件・返還規定だけを使って、どの制度が何をどれだけ求めているのかを並べたものです。表示を確かめたのは2026年9月22日です。

結論:見られているのは売上ではなく、付加価値と賃金

制度の名前は違っても、要求される指標の骨格はよく似ています。まず、目標の中身を制度ごとに並べます。

表1:主要制度が求める数値目標(各事務局の公表値)

制度 付加価値額・労働生産性 1人当たり給与支給総額 事業場内最低賃金
省力化投資補助金 一般型 労働生産性の年平均成長率+4.0%以上増加 年平均成長率3.5%(日本銀行が定める「物価安定の目標」+1.5%)以上増加 事業実施都道府県における最低賃金+30円以上の水準
省力化投資補助金 カタログ注文型 補助事業終了後3年間で毎年、労働生産性を年平均成長率3.0%以上向上 給与支給総額を6%以上増加(賃上げ目標・上限額の引き上げ条件) 事業場内最低賃金を3.0%(物価安定の目標2%+1.0%)以上増加(同上)
新事業進出・ものづくり商業サービス補助金 付加価値額の年平均成長率が4.0%以上増加 年平均成長率を3.5%以上増加【未達なら返還義務】 地域別最低賃金より30円以上高い水準【未達なら返還義務】
デジタル化・AI導入補助金 —(加点項目として3年の事業計画) 賃上げの事業計画を策定し従業員に表明のうえ達成(加点) 交付申請の直近月における事業場内最低賃金を令和7年7月の事業場内最低賃金+63円以上の水準(加点)
小規模事業者持続化補助金 — 賃金引上げ特例(補助上限+150万円)の要件 賃金引上げ特例の要件(詳細は公募要領P.9〜10)

出典:中小企業省力化投資補助事業 事務局「一般型とは」「カタログ注文型とは」/新事業進出・ものづくり商業サービス補助事業 事務局「補助対象事業の要件」/中小企業デジタル化・AI導入支援事業 事務局「申請を行う前に必要な手続き」/商工会地区 小規模事業者持続化補助金事務局「持続化補助金とは」(いずれも2026年9月22日確認)

表を横に見ると、性格の違いがはっきりします。省力化投資補助金と新事業進出・ものづくり商業サービス補助金では、数値目標は「申請できる条件」そのものです。一方、デジタル化・AI導入補助金と小規模事業者持続化補助金では、賃上げは加点や上限額の引き上げ条件という位置づけで、達成しなくても申請自体はできます。制度ごとの補助率と上限額は中小企業向け補助金5制度を比較した記事で確認できます。

要件は数値目標だけではない

制度ごとの上限額・補助率と枠の選び方は、省力化投資補助金の記事と新事業進出・ものづくり商業サービス補助金の記事で扱っています。

新事業進出・ものづくり商業サービス補助金は、6つの要件を一覧で掲示しています。そのうち2つに返還義務の注記が付いています。

公式サイトのキャプチャ。補助対象事業の6要件として付加価値額要件、賃上げ要件(目標値未達の場合、補助金返還義務あり)、事業場内最賃水準要件(同)、ワークライフバランス要件、子育て等に関する職場環境整備に向けた取り組み要件、金融機関要件が表で表示されている画面
新事業進出・ものづくり商業サービス補助事業 事務局「補助対象事業の要件」(2026年9月22日に表示を確認)

注目したいのは(4)と(5)です。賃金の話ではなく、次世代育成支援対策推進法に基づく一般事業主行動計画を策定し、「両立支援のひろば」で公表しているかどうかが問われます。省力化投資補助金の一般型にも同趣旨の要件があり、こちらは従業員21名以上の場合のみとされています。

この要件は、社内の制度設計と外部サイトへの公表が必要なため、思い立ってすぐ満たせるものではありません。締切の直前に気づくと間に合わない性質の条件です。(6)の金融機関要件も同様で、借入で自己負担分を賄う計画なら、申請前に金融機関から事業計画の確認を受けておく必要があります。

付加価値額と労働生産性の計算式

「付加価値額」は会計上の勘定科目ではないため、制度側が定義を示しています。省力化投資補助金のカタログ注文型は、計算式まで公開しています。

図1:省力化投資補助金が示す付加価値額と労働生産性の定義

付加価値額

営業利益 + 人件費 + 減価償却費

労働生産性

付加価値額 ÷ 従業員数

出典:中小企業省力化投資補助事業 事務局「カタログ注文型とは|基本要件」(2026年9月22日確認)。労働生産性の年平均成長率は、効果報告時の労働生産性を応募・交付申請時の労働生産性で割った値から算出する式が公開されている。

この定義には実務上の含意があります。人件費と減価償却費を足し戻すため、賃上げをすると付加価値額は増えます。補助金で設備を買えば減価償却費も増えます。つまり、賃上げ要件を満たす努力と付加価値額要件を満たす努力は、同じ方向を向きます。

一方で、従業員を増やすと労働生産性は下がる方向に働きます。分母が従業員数だからです。人を増やしながら労働生産性の年平均成長率を確保するには、付加価値額をそれ以上に伸ばす必要があります。省力化投資補助金が「人手不足の解消」を目的に掲げていることと合わせて読むと、想定されているのは人を増やす投資ではなく、同じ人数で処理量を上げる投資です。

未達のときに何が起きるか

返還や減額の扱いは制度ごとに書き分けられています。まとめると次のようになります。

表2:目標未達のときの扱い

制度 対象となる要件 未達のときの扱い
省力化投資補助金 一般型 1人当たり給与支給総額(基本要件②) 達成率に応じて補助金を返還
事業所内最低賃金(基本要件③) 「補助金額/計画年数」で補助金を返還
省力化投資補助金 一般型(大幅賃上げ特例) 合計+6.0%以上の給与支給総額/最低賃金+50円以上 いずれか一方でも未達なら、従業員規模区分別の補助上限額との差額を返還
省力化投資補助金 カタログ注文型 賃上げの目標 自己の責によらない正当な理由なく達成できなかったときは補助額を減額
新事業進出・ものづくり商業サービス補助金 賃上げ要件/事業場内最賃水準要件/賃上げ特例要件 目標値未達の場合、補助金返還義務あり(事務局は「補助金の一部または全額の返還義務が生じる場合があります」と告知)
デジタル化・AI導入補助金 賃上げ計画の従業員への表明 交付後に実際には表明していないことが発覚した場合、事務局は交付決定を取り消す
小規模事業者持続化補助金 インボイス特例/賃金引上げ特例 補助事業終了時点で一定要件を満たさない場合、補助金交付は行わない

出典:中小企業省力化投資補助事業 事務局「一般型とは」「カタログ注文型とは」/新事業進出・ものづくり商業サービス補助事業 事務局「補助対象事業の要件」およびトップページ/中小企業デジタル化・AI導入支援事業 事務局「加点に必要な手続き」/商工会地区 小規模事業者持続化補助金事務局「持続化補助金とは」(いずれも2026年9月22日確認)

扱いは3種類に分かれます。すでに交付された補助金を返す「返還」、確定額を下げる「減額」、交付決定そのものを取り消す「取消」です。小規模事業者持続化補助金の特例のように、そもそも交付の段階で上乗せ分が付かないという形もあります。

返還の根拠は、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(昭和30年法律第179号)にあります。e-Gov法令検索で現行条文を確認すると、第18条第2項は、確定した額を超えて交付済みの補助金がある場合、期限を定めて返還を命じなければならないと定めています。制度側の返還規定は、この枠組みの上に置かれています。

返還が免除される場合もある

数値目標に届かなければ機械的に返す、という制度ではありません。省力化投資補助金の一般型には免除規定が明示されています。

図2:省力化投資補助金(一般型)で返還が免除される場合

業績が伴わなかった場合

付加価値額が増加しておらず、かつ企業全体として事業計画期間の過半数が営業利益赤字の場合など。事業場内最低賃金の要件では、当該事業年度の営業利益が赤字の場合などとされる。

事業者の責任でない事情

天災など、事業者の責めに帰さない理由がある場合。

再生事業者

事務局は「再生事業者については基本要件未達の場合の返還要件の免除がされます」と記載している。定義は公募要領で確認する。

出典:中小企業省力化投資補助事業 事務局「一般型とは|事業概要・基本要件・補助率等」(2026年9月22日確認)

読み替えると、業績が伸びなかったこと自体を理由に返還を求める制度ではないということです。賃上げをしたが付加価値額が増えず赤字が続いた、という状況は免除の対象になり得ます。逆に、利益が出ているのに賃上げをしなかった場合は返還の対象になります。カタログ注文型の減額規定も「自己の責によらない正当な理由なく」という条件付きです。

ただし、免除されるかどうかは事後の判断です。申請の段階で「達成できなくても赤字なら免除される」と見込んで計画を立てるのは、順序が逆になります。事務局が示しているのは、あくまで達成できなかった場合の救済規定であり、達成義務そのものを緩めるものではありません。省力化投資補助金の一般型では、基本要件のうち労働生産性(①)とワークライフバランス(④)については返還の規定が置かれておらず、返還が明示されているのは給与支給総額と事業場内最低賃金の2つです。この2つが賃金に関する指標であることは、制度の狙いをそのまま表しています。

上乗せを取りにいくと、目標も上がる

補助上限額を引き上げる特例は、そのまま達成義務の引き上げでもあります。構造を数字で見ます。

表3:基本要件と賃上げ特例の目標の差

指標 基本要件 賃上げ特例(新事業進出・ものづくり商業サービス補助金) 大幅賃上げ特例(省力化投資補助金 一般型)
1人当たり給与支給総額の年平均成長率 +3.5%以上 +6.0%以上 +6.0%以上
事業場内最低賃金(地域別最低賃金との差) +30円以上 +50円以上 +50円以上
効果 申請の前提 補助上限額が2,500万〜7,000万円から3,000万〜9,000万円へ 補助上限額に250万〜2,000万円を上乗せ

出典:新事業進出・ものづくり商業サービス補助事業 事務局「特例措置要件」/中小企業省力化投資補助事業 事務局「一般型とは」(いずれも2026年9月22日確認)

給与支給総額の年平均成長率+6.0%は、3年続ければ約1.19倍、5年で約1.34倍になります。人件費の増加がそのまま固定費の増加になるため、補助金の上乗せ分より、賃上げの累積額のほうが大きくなる場合があります。

特例を使うかどうかは、上乗せ額と、3〜5年分の人件費増を並べて判断する話です。事務局はいずれの特例にも未達時の返還規定を付けているため、「取りあえず申請しておく」という選び方ができません。

目標を決める前に確認しておくこと

事業計画に数字を書き込む前に、社内で確定させておくべき情報があります。いずれも公募要領を読む段階で必要になります。

ひとつは直近の決算における営業利益・人件費・減価償却費です。付加価値額の起点になります。ふたつめは事業場内最低賃金の現在値で、補助事業を実施する都道府県の地域別最低賃金との差を計算します。みっつめは常時使用する従業員の数です。労働生産性の分母になるうえ、補助上限額の区分や、次世代法の行動計画の公表義務の有無(従業員21名以上)にも効きます。

もうひとつ、地域別最低賃金は毎年改定されます。目標の水準は「地域別最低賃金+30円」のように相対値で定められているため、改定のたびに必要な賃金水準も上がります。3〜5年の計画を立てるときは、現在の最低賃金を固定値として扱わないでください。申請前の準備全般は補助金・助成金を探すページ、採択後の流れは補助金の採択後に注意することにまとめています。

よくある質問

Q. 目標に届かなかったら、必ず補助金を返すことになりますか。

A. 制度によります。省力化投資補助金の一般型には免除規定があり、付加価値額が増加しておらず企業全体として営業利益が赤字の場合などや、天災など事業者の責めに帰さない理由がある場合は返還が免除されるとされています。カタログ注文型の減額も「自己の責によらない正当な理由なく」達成できなかった場合が対象です。

Q. 付加価値額はどう計算しますか。

A. 省力化投資補助金の事務局は「営業利益+人件費+減価償却費」と定義し、労働生産性はこれを従業員数で割った値としています。制度ごとに定義が示されるため、申請する制度の公募要領で確かめてください。

Q. 賃上げ特例を使うと何が変わりますか。

A. 補助上限額が上がります。新事業進出・ものづくり商業サービス補助金では上限が3,000万〜9,000万円に、省力化投資補助金の一般型では250万〜2,000万円が上乗せされます。そのかわり給与支給総額の年平均成長率は合計+6.0%以上、事業場内最低賃金は地域別最低賃金+50円以上が求められ、未達なら差額の返還や返還義務が生じます。

Q. 従業員を増やす計画でも申請できますか。

A. 労働生産性は付加価値額を従業員数で割った値なので、人数が増えれば分母が大きくなります。年平均成長率の目標を満たすには、付加価値額をそれ以上に伸ばす計画が必要です。

Q. 「両立支援のひろば」での公表は必須ですか。

A. 新事業進出・ものづくり商業サービス補助金では、ワークライフバランス要件として次世代育成支援対策推進法に基づく一般事業主行動計画の策定と同サイトでの公表が挙げられています。省力化投資補助金の一般型では従業員21名以上の場合に同趣旨の要件が課されます。

Q. 最低賃金が改定されたら、目標も変わりますか。

A. 目標が「地域別最低賃金より30円以上高い水準」のように相対値で定められているため、最低賃金が上がればその水準も上がります。事業計画期間中は毎年この水準を満たすことが求められる制度があります。

参照した公式情報

要件の水準と返還の扱いは公募回ごとに改定されます。事業計画に数字を書き込む前に、申請する制度・公募回の公募要領と交付規程で現在の条件を確かめてください。計画の妥当性や賃上げの実行可能性について判断が必要な場合は、認定経営革新等支援機関や社会保険労務士などの専門家に相談することをおすすめします。