M&Aの手法の中で「第三者割当増資」は、しばしば用いられる手法の一つです。
なぜかというと、「第三者割当増資でしか達成できないこと」があるためです。しかし、一方で他の方法では達成できても「第三者割当増資では達成できないこと」もあります。
M&Aとは何か?
M&Aとは
会社の支配権を買うためには「資本(とくに議決権)」を手に入れる必要があります。
支配権を得るには大きく分けて4つの手法があります。それぞれの手法について説明する前に、まずは「M&Aが何を目的に行われるか」を、M&Aで影響を受ける「買い手」「売り手」に分けて理解しておきましょう。
M&Aの目的
M&Aを成功させるためには、まず「目的」をはっきりさせる必要があります。
そして、M&Aの目的は、M&Aで影響を受ける「買い手」「売り手」で異なります。
M&Aの「買い手」側の目的とは?
M&Aの発端となるのは。「買い手」側の意向であることが多いです。
買い手側はM&Aの対象となる会社(対象会社)の支配権を取得することで、以下のような経済効果が期待できます。
- 対象会社の成長による利益を手にすること
- 対象会社との提携・協業により自社事業が成長すること
- 対象会社を破綻から救済すること
支配に必要な割合は、対象会社によって異なります。
上場企業のように持ち分が分散していれば、持ち分割合が少なくても支配できる場合があります。
一方で、親会社やオーナーが議決権の過半数を握っている場合には、その割合を超えないと対象会社を支配することができません。
支配権を得ることができれば、持ち分が過半数を超えるとほとんどの決議(とくに「取締役の選任」)が思い通りにできますし、2/3を超えるとほぼすべての決議(「合併」等も含め)が思い通りにできるため、M&Aの買い手は最低でもこの持ち分割合を目指すことになります。
しかし、過半数、2/3といった持ち分割合を超えて、持ち分の全てを保有することを望む買い手も多いです。
株式の一部を他人が持っている状態は、対象会社が生み出した利益の一部が自分に残らず、外部に流出する状態だからです。「買い手」が買収後の対象会社に手間をかけて、状態を良くよくしても、その一部が他の株主のものになってしまうことになります。
持ち分割合が大きくなることは、逆に、対象会社が上手く行かなかった場合のリスクも全て自分で負担することになります。
また、M&Aにかかる費用も大きくなります。
M&Aの「売り手」側の目的とは?
「売り手」は、「買い手」に比べて受け身ではあるものの、「売り手」が同意しないことには売買が成立しないことから売り手の意向も重要です。
売り手側は対象会社の支配権を売却することで
- 売却の対価を手にすること
- 支配権は売却しても、対象会社に関与しつづけることで成長による利益を手にすること
- 対象会社を破綻させないこと(「M&Aしか方法がない」ことも多々あります)
等を目指しています。
実際には、「売り手」が対象会社のオーナーであり、「買い手」が中小企業の場合には、対象会社(あるいはその事業)に関与し続けても「配当が期待できる」ケースは少ないです。そのため「支配権」を売却した後に「売り手」が、なお対象会社に関与しつづけるのは、
- 「売り手」の意向よりも「買い手」の強い意向である
- 対象会社の経営者及び従業員がそれを望んでいる
場合が多いです。
M&Aのおける「売り手」とはだれか?
このように売り手の意向は一つに定めにくいことがあります。
これは、M&Aでは「売り手」となる人が二人いることに起因します。
まず、M&Aの表面的な「売り手」は「対象会社」です。「合併」や「事業譲渡」では「対象会社」を「売り手」と考えると理解しやすいことが多くあります。
一方で、株式譲渡の場合には「既存株主」が「売り手」となります。
第三者割当増資によるM&Aは、「対象会社」が売り手」となるM&Aの一つです。
M&Aの手法と第三者割当増資
M&Aの手法は様々ですが、以下の手法が代表的です。
- 合併
- 事業譲渡
- 株式譲渡
- 第三者割当増資
以下では各手法とM&Aの手法としての第三者割当増資との違いを見ていきます。
「合併」と「第三者割当増資」
合併は、M&Aの「M」であり、最もオーソドックスな手法です。
同じ大きさの二つの会社が合併する場合には、一緒になる、という表現がぴったりですが、片方が大きい場合には、小さい方が大きい方に飲み込まれます。そのため、「合併」は、一般に会社の経営権を取得する手法の一つと言われるのです。
「合併」の場合、買収される側(売り手側)の株主は、基本的には買収する側(買い手側)の株主になります。対象会社の株主が「一緒になった後の会社の持ち分をどれだけ保有するか?」は、それぞれの合併で決めていくことになります。
「合併」と「第三者割当増資」の違い(買収側から見た場合)
買収する側から見た「合併」と「第三者割当増資」の引受との違いは
- 合併では、対象会社が買収会社と一体になるのに対して、第三者割当増資では別々の会社として存続する
- 合併では、対象会社の全ての事業を100%支配できるのに対して、第三者割当増資では既存株主が残ってしまうため支配が制限される
- 合併では、対価として自社の株式を
実務上、M&Aにおいて買収側が「合併」を選択することは非常にまれです。手続きが煩雑であることに加え、対象会社を一体化するデメリット(簿外債務のリスクなど)も少なくないからです。
しかし、条件次第では「対象会社の欠損金の引継ぎ」ができるなど、税務上のメリットが見込まれるケースもあります。
「合併」と「第三者割当増資」の違い(対象会社・その既存株主から見た場合)
既存株主にとっても「合併」と「第三者割当増資」は全く異なります。「自分が何かを受け取るのか」「まったく何ももらえないか」が異なるためです。
合併の場合には、対象会社の株式が、対象会社より大きな会社の株式(もともと株式を持っていた会社が他社とくっつくため、当然にもとよりは大きくなります)に交換されます。
また、合併相手が上場企業の場合には市場で売却することも可能なため、現金を対価に事業を売却したのと近くなります。
対象会社にとって「合併」は、第三者割当増資と異なり現金を受け取れないものの、買収(合併)会社の一部門となるため、買収会社の現金が使えるようになる、とも言えます。
「事業譲渡」と「第三者割当増資」
売却した事業には以降、「対象会社が関与しない(できない)」一方で、売却されなかった事業は対象会社に残り、株主も変わりません。
「事業譲渡」と「第三者割当増資の違い」(買収側から見た場合)
買収する側から見た事業譲渡(買収側から見ると事業譲受)と第三者割当増資の引受との違いは
- 事業譲渡では譲渡対象の事業が買収会社と一体になるのに対して、第三者割当増資では別々の会社として存続する
- 事業譲渡では対象会社の全ての事業を100%支配できるのに対して、第三者割当増資では既存株主が残ってしまうため支配が制限される
また、事業譲渡は買収する側では、税金についてメリットもない代わりに、デメリットを考えなくてもよいという利点があります。
「事業譲渡」と「第三者割当増資」の違い(対象会社・その既存株主から見た場合)
対象会社にとっては、事業譲渡も第三者割当増資も、会社が現金を受け取り資金調達ができるという点では変わりません。しかし、第三者割当増資では買収会社が将来に渡って影響力を行使してくるのに対して、事業譲渡の場合には、M&Aが終わってしまえばあとは関係なくなります。
既存株主にとっては、事業譲渡も、第三者割当増資も、自分に現金が入ってくるわけではなく、「対象会社に現金が入る」という点では代わりがありません。
売却しなかった事業を継続しないケースもあります。事業を売却したうえで、現金を既存株主に分配し、解散するケースも珍しくありません。
なお、事業譲渡の場合、「対象会社」が直接の売買の主体となるため、税金も対象会社に発生します。そのため、対象会社が欠損金を抱えている等、既存株主が税務メリットがとれるケースではよく見られる取引です。
「株式譲渡」と「第三者割当増資」
株式譲渡は「対象会社の株主がどれだけ変わるか」によってその影響は異なります。
買い取る主体が会社である場合には対象会社が持ち分法適用会社、あるいは子会社となる可能性があります。また法人であっても、個人であっても、同族会社と扱われる可能性もあります。
「株式譲渡」と「第三者割当増資」の違い(買収側から見た場合)
買収する側から見た株式譲渡(買収側から見ると株式譲受)と第三者割当増資の引受との違いは
- 株式譲渡では譲渡される対象会社の議決権を100%取得できる可能性があるのに対して、第三者割当増資では既存株主が残ってしまうため支配が制限される
- 株式譲渡では対象会社に残ってほしくない株主の株式は買い取れる(結果、対象会社から去ってもらうことができる)のに対して、第三者割当増資の場合には必ず会社に残ってしまう
株式譲渡は、事業承継(経営者が高齢で後継ぎもいない場合に行われる経営権の譲渡)などで最もよく使われます。
株式譲渡の問題は、株主ごとに譲渡契約が必要となり、譲渡契約に同意しない株主から株式を買い取ることができないことです。そのため、全ての株式の取得を目指している場合だれか一人が反対すると成立しないことになります。
「事業譲渡」と「第三者割当増資」の違い(対象会社・その既存株主から見た場合)
対象会社にとっては、株式譲渡では会社に現金の異動がなく、資金調達手段としては使えない(第三者割当増資は、会社が現金を受け取り資金調達ができる)という点が最も大きく異なります。
株式譲渡の買収者は、すでに株式の買い取りでお金を使っていることから対象会社に資金を入れるのを嫌がることもままよくあります。
3.M&Aにおいて第三者割当増資を選ぶメリットとは
M&Aにおいて用いられるそれぞれの手法と第三者割当増資の違いが分かったところで、M&Aにおいて第三者割当増資を選ぶメリットを整理してみましょう。
メリットは大きく4点あります。
- 対象会社からすると、現金を手に入れることができるのは事業譲渡と第三者割当増資
- 対象会社からすると第三者割当増資がM&Aによる経営権の移動の影響を最小限にとどめることができる可能性がある
- 既存株主はこれまで同様対象会社に関与することができる
- 対象会社がそのまま事業を存続できる
1.対象会社が現金を手に入れることができる
合併の場合には、他の会社の一部になりますし、株式譲渡では対象会社の財産には一切の異動がありません。
事業譲渡の場合には譲渡する事業の対価として現金が手に入りますが、事業が失われてしまいます。
2.M&Aによる経営権の移動の影響を最小限にとどめることができる
合併の場合には、合併相手の会社と一緒になってしまうため、現在の対象会社の経営権は大きく制限される、あるいは一切なくなります。稀に事業部として独立して権限を確保できる場合もありますが、通常は相手方会社に取り込まれてしまうためです。
事業譲渡の場合は、事業を相手に渡してしまうため、会社として譲渡した事業への支配は全く及ばなくなります。
株式譲渡と第三者割当増資はそれぞれ株主構成が変化することになります。
3.既存株主はこれまで同様、対象会社に関与することができる
合併の場合には、対象会社の既存株主が持っている株式の対象となる会社が変わってしまいます。また事業譲渡の場合には事業を売り渡してしまうため、その事業には関わることができません。
株式譲渡の場合には一部株式を譲渡するだけであれば、第三者割当増資と同様、何も中身の変わらない会社に関与し続けることができます。全株式を売却してしまえば、もちろん、行こうは経営に関与することがなくなります
また、買収会社からしても既存株主が残ることは望ましいことがあります。
- 株式を有する経営者に残って事業改善に一緒に取り組んでほしい
- 株主との取引を期待している
4.対象会社がそのまま事業を存続できる
合併や事業譲渡と、株式譲渡や第三者割当増資の一番の違いは対象会社が従前の事業を続けられるのか、という点にあります。
合併や事業譲渡でしばしば問題になるのは、合併先あるいは事業譲渡先で同じ事業を続けようとした場合、新しい会社に許認可の引継ぎができず、思ったように事業が続けられない点です。
まとめ
M&Aにおいて、第三者割当増資は比較的よく用いられる手法と言えます。
そのメリットは
-
- 買収側からすると、既存の株主に会社に残ってもらうことにより、引き続き対象会社に協力してもらうことを期待できること。また、対象会社が独立して事業を継続できること。
- 対象会社の既存株主からすると、引き続き、会社に関与できること
- 対象会社自身からすると、会社に現金が入ってくるうえ、会社が独立して存在し事業を継続できること
手法によるメリットは絶対的なものではなく、他の手法を複数組み合わせて同じメリットを享受できる場合もあります。